ウェブ媒体の広告は、100年前の広告掲載規定のまま運営されている。つまり、新聞の広告掲載規定を踏襲しているのである。これは驚くべきことであり、広告主をなめた規定である。
広告入稿日を決め、社内で検閲を行うというやり方は、明らかに「広告を掲載してやる」という力関係を端的に示している。
で、そもそもの広告モデルのルーツである新聞の広告がどうなったか、また、そのビジネスモデルの崩壊の結果、新聞そのものがどうなったか、それを見れば、ウェブ媒体がどうなるかは火を見るよりも明らかである。
では、どう生き延びるのか?
答えは簡単で、ウェブ媒体としてのあるべき姿を追求すればいいのである。
ウェブ媒体としてのあるべき姿とは何か?新聞が忘れたものを取り戻すことである。それは、オピニオンである。
オピニオンなき記事を掲載して来たために広告が取れなくなり広告主に見放された結果、その存在理由を失くしたのである。
よって、この轍を踏まないようにすることがもう少しの間生き延びていく最後の手段である。しかし、新聞のビジネスモデルで10年も食ってしまった結果、社内にはオピニオンを書ける記者が1人もいない。
こうなれば、オピニオンは外部の書き手に依存するしかない。オピニオンリーダーの外注である。
さらに、広告そのものの入稿体制の抜本的改革が必要である。
一昨年から、リンクアドという広告の実験をはじめてつくづく思ったのは、ウェブ媒体側の広告受け入れ態勢の旧態依然さである。
リンクアドは、「広告主が自社広告サーバを持ち、媒体の広告枠に広告を配信する方式」を採用している。
この方法での広告配信は、媒体にあわせて広告主側で自在に広告内容を変化させることができる。また、リアルタイムでタイトル、ディスクリプション、写真、動画なども変更することも出来る。
これが、ウェブ広告のデファクトにならなければ広告主と媒体側の力関係が逆転することはない。
と思っていたら、これを「第三者配信」と呼んで、ちらほらそのような動きが出てきているらしい。
わたしが考えている広告は、その先にあって、バナー掲載枠の廃止である。せっかくのスペースをバナー広告で一杯にして記事を読みにくくしている広告に存在理由はない。
テキストにリンクした広告にすれば、スペースの有効活用とともに、オピニオンの重層的展開が可能になる。さらに、バックエンドの購買5段階に基づいて取得したデータベースと広告を紐付けすれば、見たくない広告は表示されず、露出頻度の高い広告は安くなるという課金方法の導入も可能になる。
ソウダヒロシ プロフィール ⇒CONTACT
※懐かしのIT幕開け時代のブログ→ITトレンド2000
※食い物系のブログは→今日のメニュー2010
※環境系のブログは→環境トレンド2010
※進行中のプロジェクトのブログは→リンクアド・プロジェクト公式ブログ
0 件のコメント:
コメントを投稿